[宮地陽子コラム第98回]5シーズンを過ごしたキャブズを離れて帰国した日本人アスレティックトレーナー、中山佑介の決断
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[宮地陽子コラム第98回]5シーズンを過ごしたキャブズを離れて帰国した日本人アスレティックトレーナー、中山佑介の決断

アメリカで13年、NBAチームで合計7シーズンを過ごした日本人アスレティックトレーナー、中山佑介氏がNBAで学んだこととは?

6月、クリーブランド・キャバリアーズがNBAファイナル第4戦に敗れ、シーズンが終わった翌朝、中山佑介は、家族と泊まっていたクリーブランド市内のホテルを出て、徒歩でクイックンローンズ・アリーナへと向かった。その途中で、ふと思い立って、いつもとは違う道を通り、レブロン・ジェームズの姿が外壁に大きく描かれた建物の方向に向かった。アリーナのすぐ近くにあったが、ふだんの試合のときは自宅からアリーナまで車で通っていたため、この前を通ることも、壁画を改めて見ることも、滅多になかった。

「でも、あの時は何かに突き動かされるように、歩く方向を変えて、(壁画の)写真を撮りました」と中山は振り返る。

そのとき、中山は写真とともに、こう文章を打ってSNSに投稿している。

「一夜明けて。静かなダウンタウン。この写真を見上げながら、アスリートを、そしてバスケットボールを超えた存在だったと実感する」

無意識のうちに「存在だった」と過去形で書いたのは、ジェームズがキャブズから移籍することを知っていたから……ではなく、中山自身が6月末でキャブズを辞め、日本に帰国することを決めていたからだった。

アシスタント・アスレティックトレーナー兼パフォーマンス・サイエンティストとして採用されて5シーズン、一時マイアミ・ヒートに所属していたジェームズがキャブズに戻ってから4シーズンが経っていた。

「あれは、この4年間を通して、僕が彼に抱いた尊敬の念からのツイートでした。選手に対してファンになったりすることはまったくないんですけれど、彼の取り組み方や、彼がチームにもたらし続けたものは尊敬せざるをえないものがあった」と、中山は振り返る。

中山がキャブズを辞め、日本に帰国することにしたのは、彼自身、目標に向かい、さらに成長するための決断だった。そう書くと、バスケットボール界で最高レベルにあり、誰もが憧れ、目指す舞台であるNBAから離れることがなぜ成長につながるのか不思議に思う人もいるかもしれない。その理由については 彼のブログの「冒険の幕開け」と題した投稿 に丁寧に綴られているので、詳しくはそちらを見てほしいが、渡米してから13年、常に学ぶことに貪欲だった中山は、次の学びの場、挑戦の場として日本を選んだのだ。

キャブズで5シーズン、その前にもニューヨーク・ニックスとデトロイト・ピストンズでそれぞれ、インターンとして1シーズンずつを過ごした中山に、アスレティックトレーナーとしての専門的な話はまた別の機会に語ってもらうとして、今回はNBA選手たちと共に働いてきた彼の目から見た選手像について語ってもらった。

「NBA選手たちが一番すごいなと思ったのは、正直なところ、もともと持っている身体の能力の高さですね。元も子もない話に聞こえてしまうかもしれないんですけれど、身体が本来持ち合わせているもののレベルは、ものすごく高いものがある。どのプロスポーツもそうだと思うんですけれど、本当にタレント(才能)のリーグだと思うんですよ。でも、だからこそ、実際にはそのタレントを最大限に生かしていなくても、そのタレントが故にNBAにいることができている選手もいて。僕は、いつも、そこに可能性を感じていました」。

才能さえあればやっていける世界であるというのは、それだけ聞くと、絶望的に感じる話で、そこに可能性を感じていたというのは、一見、矛盾しているように思えるかもしれない。しかし、それこそが、現場で働いてきた中山だからこそわかる可能性だった。才能がある選手が全員、最大限に能力を生かしていたら、そうでない選手の入る余地はないが、現実はそうではないのだ。だからこそ、持てる才能を最大に生かす努力をすることで、才能の差を埋められる可能性もあるということなのだ。

たとえば、中山がキャブズに入って最初の3シーズン(2013-16)の間、担当していたマシュー・デラベドーバも、その1人だった。

「彼はもともと持っている身体のタレントという部分ではNBAにいるレベルではないと思うんですね。ただ、それを最大限に生かすことで道を切り開いてきた。彼はそんな選手の象徴だと思うんですけれど、僕はいつもそこに楽しみというか、可能性を感じています」。

中山佑介 Yusuke Nakayama Matthew Dellavedova Cleveland Cavaliers
2016年のNBAファイナル優勝後のロッカールームでマシュー・デラベドーバと喜びを分かち合う中山佑介 Photo by Yoko Miyaji

6月末、そのデラベドーバがオーストラリア代表の一員として、FIBAワールドカップ・アジア予選を戦うために日本にやってきたので、そのときに彼にも話を聞いてみた。実は、このときデラベドーバは、翌日に対戦する日本戦についての囲み取材を受けた後に立ち去ろうとしていたのだが、中山についての質問だと知ると、「それなら答えるよ。UK(中山のこと。ユウスケからとってUKと呼ばれている)は僕の仲間だからね」と、引き返してきてくれた。

「UKは人間としてもすばらしいヤツだ。僕がクリーブランドにいたときに、いつもよく面倒を見てくれた。僕のコアを強くするために息のつきかたのテクニックなど、いろいろなことで助けてくれた」とデラベドーバは言う。

中山によると、デラベドーバに対してとったアプローチは、すぐに効果が表れる方法ではないため根気よく取り組む必要があったという。結果を求められるNBAにおいてやり通すことが難しい方法なのだが、デラベドーバ自身が信じ、まじめに取り組んでくれたことで、最終的に成果が出るところまで到達できた。

デラベドーバからしても、ドラフト外から入ったルーキーに対して本気で取り組んでくれたことも嬉しかったのだろう。実際、忙しいときはデラベドーバを優先して時間をさくことはできなかったが、それでも練習前や練習後、時には遠征先のホテルの部屋など、2人でうまく時間をやりくりすることで継続することができた。

「デリー(デラベドーバ)はものすごく真面目で、自分のパフォーマンスを上げるためには、本当にアスリートとして生きるために生活を捧げているというスタイルの人。彼がいた3年間を通して少しずつ結果が出てきた。彼の根気と僕を信用してくれたことによって結果が出たと思っているので、デリーの口からそのことが出てきたのは嬉しいですね」と中山も振り返る。

2人で取り組み始めて数か月経った頃、中山はデラベドーバから「さっき、ウォームアップのときにダンクしたんだけど、見ていた?」と聞かれたという。タイミング悪く中山はその場面を見ていなかったのだが、それまでとは違うダンクをしてみせたのだという。身体の変化が結果として出始めたことで、このときからデラベドーバとの信頼関係がさらに強くなったことを感じたという。


「時間がかかることに対して、あそこまで真摯に向き合ってくれた選手といっしょに仕事ができたのは、僕は本当に財産ですね」。

デラベドーバは2年前にフリーエージェントでミルウォーキー・バックスに移籍していったが、最近ではケビン・ラブとも同じような関係を築くことができていたという。

「ケビンもものすごく賢い選手ですし、身体に対する意識が高い選手。なので、いっしょに働き甲斐がある選手で、間違いなく、思い入れの強い選手の一人ですね」。

「この2人を見ても身体能力で生き残れるタイプの選手ではないので、それこそ、自分のエッジ(強み)を見つけることに対しての意識は間違いなく高いと思います」。

もちろん、NBAには、恵まれた才能を持ち、かつ、さらにそれを最大限近くまで発揮できるように努力も惜しまない選手もいる。

「タレントを持っていて、さらにそれを最大限に近いまでに高める取り組みをしている人たちが、本当のスーパースターのレベルになっているのだと思います」と中山。

キャブズで間近で見てきた中では、レブロン・ジェームズがそうだった。ジェームズには専属の担当スタッフがいたので、中山はそのサポート役として関わっただけだったが、それでも、才能、努力ともに超一流であることははっきりわかった。

「レブロンは、彼のタレントの部分を除いたとしても、同じ部類に入る選手はいないんじゃないかなと思うぐらいのレベルの選手です。それを見ることができたのは、自分の財産ですね。彼がいる環境で4年間仕事をしましたけれど、それを当たり前だと思ったことはないです。それがどれだけ特別なことかっていうのは、肌で感じるものがありました」。

7月半ばに帰国した中山は、関西を拠点にTMG Athleticsという名でパーソナル・トレーニングや講演、セミナーなどの個人事業を始めるという。彼自身もバスケットボールをやっていたバスケ好きなだけに、日本でもさまざまな形でバスケットボール界とのつながりは続いていくはずだ。そんななかで、世界最高峰のNBAチームで働いた経験や、トッププレイヤーの言動など見聞きしてきたことは、同業者たち、そして選手たち、コーチたちにも伝えていきたいという。

「(アスレティックトレーナーとしては)NBAでなければ学べないことっていうのは少ないと思います。勉強に関しては、その気になればこれだけ情報が手軽に得られる時代なので、NBAじゃないと得られない知識だとか技術っていうのは実際、そんなにないと思うんですよ」。

「だから、僕が得たものはNBAというユニーク(独特)な環境での体験。実際にプロレベルのアスリートの取り組み方であったり、身体の作り方であったりっていうのを、将来関わっていくアスリートに対して、僕の実体験として伝えることができるっていうのは、僕がNBAで得た一番のものなのかなと思います。そうでなかったら、外からの印象でしか話ができなかったり、NBAで行なわれていることすべてが正しいっていうバイアスがかかっていたかもしれない。NBAというトップレベルの世界を公平な目で見ることのできる体験ができたのは、今後の財産だなと思います」。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

Header Photo by Yusuke Nakayama

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